三国 矢恵子 の句集「初紅葉」 

第1章 花てまり

           昭和59年〜昭和64年まで


落日 を待たずにまはる春灯台


波涛まだ尖る一湾春寒し


青年の声使ひきる夏祭


漁火や島の祭りの遠太鼓


遮断機に止められ北の秋二つに


山のこゑ聴き尽したる木の葉散る


起重機のアームを残す秋夕焼


裸木の奥の夕日を持ち帰る


雪原を割って紺濃き川の幅







まっ先に水が目覚めて明易し


にうの花岬にのびる潮ざかい


山びこのどの道とほる花さびた


血縁のみな老いてゆく蕎麦の花


落葉もうどこへも飛べぬ昼の雨


足元に落葉まぎれて美術館


拾ひ昆布まばらに乾く崖紅葉


白鳥に湖の片隅あけてをく


鏡台に冬バラの束誕生日


裏口へまはす冬靴鳶の笛


絨毯の毛足に眠るヘアーピン


エプロンで手を拭く癖や読み初め


啓蟄の地をくすぐつて朝の風


洋酒樽息づく闇や流氷来




初雲雀トラック土をこぼしゆく


真向ひて牛との距離に桜散る


鍵たれも使わぬ村や栗の花


空の奥見たくて草の絮発たり


傘返す朝の呼び鈴秋桜


耳大き犬と目の合ふ螢草


鏡屋の鏡うづめて鰯雲


引出しに銀の匙ある良夜かな


寝落ちるを待ちて木枯去りにけり


短日の白樺白を昏れ残す


年の瀬や猫の小皿に水足して



馬の仔の跳ねては風に溺れけり


喪の席の知らぬ血縁花うつぎ


献血のベットは硬し鰯雲


空蝉の眼にうつす黄泉の山


俗名の略歴読まれ夜の秋


裏返る二百十日の象の耳


父の世へ使ひに発たす草の絮


ふるさとの紅葉を配るこだまかな


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