三国 矢恵子 の句集 「初紅葉」 


第2章 虫しぐれ

                                平成元年〜平成4年 

海原の呼吸と思ふ散もみぢ


能面の裏側見ゆる十二月


着水の白鳥湖に弾みつく


家具調度なにも変わらず初暦


糸底のまだざらざらと年始


潮入の川幅ゆする寒夕焼


落日の間ぎはまだ見え冬鴎


臘梅や伽藍つめたき青畳


大釜に湯の沸いてゐる寒ぼたん


鳥帰る手紙一枚づつ焚いて



ふゆざくら鐙瓦に寺の紋


薫風や尾のあるものは仔をつれて


消してより灯を持ち歩く初螢


煮洗ひのふきん純白濃あぢさゐ


臨終の母に夕焼はじまれり


どのかほもすなおに吹かれ花芒


闇といふ大きな籠や虫しぐれ


草紅葉足きたへねば老い易し


指くぐる時のくすぐり今年米


綿虫の綿を消す闇来てをりぬ



元朝の素手に触れるたる馬の息


煮焦がしの鍋底磨く結氷期


けふのこと今せねば散る桜かな


水が水誘ひ合せて田水張る


足裏に木の肌なじむ桜どき


流るるをまだ知らぬ水滴れり


花すすき朝日に曝す羽枕


よく弾む霰を捕らへにはたづみ


白鳥に加はりたくて遠眼鏡


寝る前の少し空腹西行忌




やまびこはいつも覚めゐて遠雪嶺


風呂敷を律儀にたたむ萬愚節


大空の風のポケット朴の花


万緑の腹中仏湿りゐる


冬夕焼海に向ひて硝子吹く


初午や鬼門打つ矢が雪こぼす


春の海猫いちにち天使の羽つかふ


あたたかや蓋に絵のあるマンホール


花辛夷護岸の帯を水あふれ


目を開けて木魚の眠る花の寺


みづうみは大き水槽花さびた


危なげな噴水の穂のもちなほす


岬鼻海霧の冷えもつ丹生咲けり


空蝉の爪まだ生きて掴まれり


鶏頭を吊し一滴もしたたらず


立秋の雑巾固く框拭く


鰯雲犬の来てゐる船着場


秋の夜やあっけなく欠け壺の耳


西国に火の廻はりたる曼珠沙華


祝宴に離れて稲の干されあり


帯固く結びて文化の日なりけり


最初のページへ
トップへ
海霧襖へ