三国 矢恵子 の句集「初紅葉」  
  
第3章 海霧襖
               平成5年〜平成7年まで


枯れ菊に火を入れ匂ひ動き出す


大仏の手の平にある枯野かな 


仏見て眼の残る寒の入


寒夕焼水さして粥のばしけり


 白鳥鳴くや人の世と隣り合ひ


左義長の炎の残す鈴ひとつ  


灯をくぐる時の明るさ春の雪


 骨折って畳む洋傘春の雪 


切り株の円盤濡れて山笑ふ


羽衣は海へなだれて春霞  



集まってゐる鯉の口原爆忌 


すぐ闇に埋ってしまふ初螢 


初蝉や大きな山を弾き始む


 梵鐘に手を触れて聴く秋のこゑ  


 倒木の苔ふはふはと小鳥来る  


紅葉山抜け来て湖に目を冷やす


 潮騒に磨かれ岬の冬銀河


   温石や本家に暗き布団部屋


 紅梅や音をたてずに猫走る  


 湖といふ鏡を離れ白鳥帰る



幾たびも美容師通す春鏡 


 藍染の卓布ふはりと春の月 


春装や蝶の標本針打たれ   


桃色のやがて純白花林檎 


六月や青きインクをふりこぼす


階段を降りる白靴硝子館 


糊強き朝の白衣やポピー咲く 


生きものを容れて夏山昂れり 


空蝉やこの世にいまだ爪立てて


滝といふ水の身柄を解かれをり



掛軸の佛のうしろ芥子坊主


 水引草空へ導火の始まりぬ 


仮の世と思ふ飛瀑の端にゐて 


杖借りてゆく奥の院秋高し


神の留守やしろの太き柱かな


鷹の眼の真下崩れし怒濤かな


甲冑の裏側にある寒さかな


風呂敷で覆ふ鳥籠シクラメン


紙に触れ指が血を噴く桜どき


花の宿肩から入る湯ののれん



草原は海原となる青嵐


緑陰へ影消しに来る盲導犬


海苔食べて体内に海広げをり


蝉山河父祖のこゑとも思ひけり


阿羅漢の怒りの前を白日傘


昭和史に玉音必ず蝉しぐれ


水音の昂ぶる夜明け紅葉宿


切っ先を揃へて秋刀魚売られけり


汲み置きの水に休みし鰯雲


すず虫の鈴を外して死にゐたり


遠景の山をはみ出しななかまど


水底も紅葉をいそぐ奥日高


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