三国 矢恵子 の句集「初紅葉」 

第4章 切株

             平成8年〜平成10年まで


重箱の底の漆黒近松忌


無重力楽しんでゐる雪螢


大歳の棒一本が倒れけり


公園の木馬の孤独十二月


冬銀河賢治の村へ切符買ふ


切株は森のテーブル雪降れり


蕗の薹水に匂ひの戻りたる


白妙に真珠をくるむ春の雪


おかしみをこらえてをりぬ桜餅


はくれんの羽化の始まる夜明けかな



母の日や真綿が指にからみつく


火の山の真下林檎の花冷えて


子規の髯漱石の髭書を曝す


夏痩せて鯉の動きを見てをりぬ


歩まねば命薄るる蝸牛


海を恋ふ魚拓の眼麦の秋


倒されて肩の笑ひし案山子かな


紫蘇揉んで母は齢を尽くしけり


紅葉濃し博物館に戦の絵



母の髪梳いて初霜消しにゆく


築港は陸の入り口もがり笛


またひとつ佛を加へ山眠る


声出しておのれ確かむ初山河


家並の薄墨はがす初明り


初硯海の底まで筆下ろす


山寺の巌せり出す初暦


待春の最たるポーズ風見鶏


誰魂のあそびと思ふ柳絮とぶ


地ビールの泡にふるさとあふれけり


海の端踏んでは昆布干しにゆく


  
昆布の村海の呼吸を並べ干す


海底の息を引き出す昆布採る


昆布採らぬ浜やしみじみ広がれり


夕立や魚になりてすれちがふ


花嫁のヴェール純白長崎忌


腹見せし玩具の金魚原爆忌


みづうみの瞳大きく初紅葉


ひと恋の身を休めをり赤蜻蛉


豆腐屋へ侵入したる稲びかり


締切りの稿の脱落糸瓜の忌



蟷螂の顎より老いぬと思ひけり


仮の世も秋の夕焼なだれ込む


打たれたる鮭青々と海があり


雪解風父を還せし母の墓


犬小屋の裏をしずかに雪解水


仔馬いま風の仲間となりにけり


青畳いちにち雛の世にあそび


鏡台にシャネルの5番黄水仙


耳奥に夜も眠らぬ雲雀ゐて


てまり花突きて姉を揺らしをり




七月や船のかたちのランチ食べ


蜜豆や母との時間大切に


逢ひたくて夕焼に包まれてをり


白日傘ポニーテールを見失ふ


十薬のクルスいくつも犬の墓


潮騒は胎内記憶星月夜


一城に火の攻めて来る夕紅葉


衣づれは蚕の吐息文化の日

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