三国 矢恵子 の句集「蔦紅葉」    

第5章 夜桜

               平成11年〜平成13年まで

マスクして人の世の片隅にをり

白鳥のみずかき夕日が染めに来る

人恋の水仙見つめ水平線

水仙の空まだ濡れて日本海

トラックに塩を百袋梅咲けり

紅梅や枝に掛けある笛袋

風神の袋小さし山笑ふ

風見鶏雛のあかり見てをらず

落としても割れぬ疑似卵イースター

石垣の石より巣藁吹かれをり



ポケットに五指にぎりしめ蕗のたう

野遊びの足裏に届く地の弾み

芽吹ざる桜一樹や悦子の忌

どの道も後生へ続く夜の桜

大空の海へ漂流毛蒲公英

そのひとことは言わぬこと雲の峰

目隠しの和紙の震へや洗鯉

ハイビスカス咲いて戦争の匂ひせり

  灯を入れて流灯といふ闇の花

寝待月万葉の世に身を置いて



草笛を吹いて少年風になる

噴水の穂先風が来て曲げる

流灯会馬齢重ねし顔並べ

酒蔵に九月の湿り海遠し

踏み石をまた減らしをり雁渡し

もみいづる山に力や鶏鳴す

生き石と死に石夜の彼岸花

一本の鉄筆にあひ銀河濃し

北風の羽衣もらふ群雀

白鳥に喫水線のありにけり



胸中の傷あたためて冬に入る

雪吊の一樹大きな弦楽器

暮の秋胸の中にもある港

正座して骨の重たき十二月

凍滝として蒼空を離れずに

耳朶を花のごとくに屠蘇祝う

白鳥の賑わひの中にゐてひとり

浮寝鳥身をゆだねゐて流されず

ゆるみゐてみんなにぎやか雪解かな

カステラの粗目噛みをり建国日



白鳥といふ花びらが着水す

眼裏に春また廻はす糸車

春の川私の背びれ動き出す

我が死後もとわに咲くべし山桜

春ショール心うつろひ易きかな

白れんの翼は風を待ちにけり

けふ生れし仔馬は月に眠りをり

花筵どこかで貝を焼く匂ひ

我が町に海の静けさ桜咲く

もう眠ろうか落花しきりなる刻



夜桜の横顔ばかり見て通る

短夜の耳休ませてゐたりけり

十月や尾灯の河に合流す

草の実や旧姓忘るるほど遠し

人はみな重き荷を負ひ暮の秋

緞帳の紅葉曼陀羅上がりけり

黄落や山鳥尖るこゑとばす

引出の隅の直角十二月

クリスマス厩舎しずかな息づかひ

魚の骨皿に咲かせて十二月



初夢の亡母はこゑを持たざりき

深雪晴空に網張る雑木山

三本の矢が地に戻る初午祭

水平線より氷柱へ目を戻す

空軋む如く白鳥帰りけり

父の日の蔵の扉固き深庇

娘は母となりて帰りぬ夏布団

球形より舟を漕ぎ出すメロン切る



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